イトウタカシの日常

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境の想い出。

 
昔、仕事で境にある病院に行った時のこと。
せっかくなので周辺を観光しようと予定より早く出向いた。
まずはあの有名な『仁徳天皇陵古墳』を見なきゃな!
後はタクシーの運ちゃんにでも聞いて名所を回ってみるか。
そこで駅前からタクシーに乗る。
「運転手さん、初めての境なんだけど、どっか見て回るとこある?」
「あぁ、見て回るとこねえ??」
「そうそう仁徳天皇陵古墳とかさあ」
「お客さん、あれ横から見てもオモロないでぇ」
「・・・ホント?」
「ホンマやでぇ、タダの森やでぇ」
「じゃ他におススメのトコは??港とか??」
「お客さん、港ってタダの港やでぇ風情とかあらへんでぇ」
「・・・ホント?」
「ホンマやでぇ、タダの港やでぇ」
てなカンジで会話は弾まず、運転手さん曰く、
後あるのは与謝野晶子生家跡とか阪田三吉の碑ぐらいだよって教えられ、
トホホな気持ちになっているボクを気の毒に思ったのか運転手さんが、
「ほないっぺん仁徳天皇陵古墳、行ってみますか?」
「・・とりあえず行ってください」
「ホンマ、タダの森でっせ」
・・着いた。見た。・・・目の前に広がる巨大な森、を見たぁぁぁっ。
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庭の想い出です。

 
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小さい頃は庭でよく遊んだ。
そうは言ってもそんなに大きな庭ではなかったので、
チャンバラしておばあちゃんが大事に育てた、
草花を切り倒しちゃったり、
バットで素振りしてガラス割っちゃたり、
結構メチャクチャやってしかられたなあ・・。
それでも庭で遊ぶのが大好きだった。
その後家族で引っ越して団地住まい、それから、
一人暮らししてアパート住まい。
でもいつかは庭のある家に住んで、
あの子供の頃のように思いっきりバット振りまわしたいと思っていた。
そして、願いかなって庭のある家を手に入れた・・が、
がしかし、その庭は狭すぎてその夢は残念ながらになってしまいました。
がしかし、ボクは時々庭を眺めながら、
頭の中でイメージ素振りとかをするのである。
そうすると子供の頃の時間がよみがえって懐かしい想い出に浸れるのである。
・・なんかいいね。庭。小さいけどね。


 

ポケットの中の世界。

 
小学生の頃、学校から帰ると即、外に遊びにいった。
草むらで戦争ごっことか、
廃材で基地を作ったり、空き地で野球とか・・。
結構危ないおもちゃもあったよなあ、火薬とかのとか。
鉄砲なんかも玉がビューッと飛んだもんな。
でもメッチャ楽しかった。土まみれになってポケットの中も砂だらけでね。
時々、ちっちゃな虫なんかも入れちゃって、
ウチに入る前に、おふくろにポケット検査されたりね。
きっとポケットの中にはその日の夢の世界が入っていたのかもね。
今もポケット好きだけど、ハンカチくらいで後、何も入ってないなあ。
そうだな・・夢の世界が広がらなくなったのはいつ頃からだろうな・・。

 

プライド。どっかに落としてきましたか?

 
同じようなこと何度も書いたけど、
時々思うコト・・。
昔は道具がないと仕事にならなかった。
鉛筆、ハサミ、カッターナイフ、級数表、各種定規、
コンパス、ディバイダー、ロットリング、各種筆、
ポスターカラー、トレッシングペーパー、マスキングテープ、
マーカー、色鉛筆、色見本、ペーパーセメント・・。
思いつくだけでもコレくらい、
最低限コレらがないとお仕事ができなかった。
そして手技を磨いてほくそ笑んでいた。
薄い紙を2枚重ねてカッターナイフで上の1枚だけを切ってみせたり、
1センチの間に0.1ミリの線を10本平行均一にロットリングと
三角定規を使って引いてみせたり、
正5角形を瞬時に将棋とコンパスで描いたり、
まだまだ他にも今だと大道芸人的な扱いを受けるよ〜な、
そりゃもう職人技を披露できたもんだ。
“これがデザイナーのプライドなんだぜ”なんて自慢してたね。
でも時代は流れ・・。
今のボクの道具はパソコン。パソコン、だけ。
三角定規とかその当時使っていた道具は、ほとんど、
いや全てと言ってもイイぐらい消えた。
・・鉛筆、くらいかな使うの?
しかしパソコンのおかげで昔と比べると、
仕事はスピーディで格段の完成度を手に入れる事ができるよ〜になった。
まったくラクチンになったもんだ・・。
まあ、結果としてなくしたのは、
道具と技とプライドだけだからね・・。
まあ、いいんじゃないのラクチンになったのだから、ね・・ウン?
 

毎週ワクワクの少年マガジンでありました。

 
そうか、少年マンガ雑誌の発行部数が減っているのか・・。
まあムリもないわな、他に楽しい事がいっぱいあるもんなあ。
ボクが少年だった頃はマンガ雑誌を読む事くらいしか楽しみなかったから、
毎週の発売日を今か今かと首を長くして待っていた。
特に『少年マガジン』はその頃のヒーロー的な存在だった。
『巨人の星』と『明日のジョー』ね。
毎回ワクワクして読んだね。
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みんなで回し読みしてあ〜だこ〜だと言い合ったりね。
・・今ボクは、マンガ読まなくなったけど、
最近はどんなんが流行っているんだろね?
んでも、部数が減ってるってコトは、
それだけ素晴しい作品が少なくなってるってコトも言えるのかな??
いや待て!最近の子供たちは単純熱血感動モノに、
そんなに簡単になびかないのかもしれないね。
そ〜ゆ〜モノをちょっと冷静に判断する目を持っているのかも!
当時大リーグボールで少年たちの心を夢一杯にさせた、
巨人の星の感動は、もう古いのかね・・。
今の子たちからしたら、
『だいたい大リーグボールなんてありえないじゃん』ってかね。
 

水たまりで遊びましたね。

 
5月なのにもう暑い。
季節感が少しおかしくなっているな。
てか四季がなくなりつつあるカンジ?
夏・冬が長くて春と秋が微妙に短くなっている。
っま、仕方ないわな人間が地球を痛めつけた結果だから・・。
水たまり
たとえば、昔は雨の季節、雨上がりにこんな大きな水たまりが出来て、
入って遊んだもんだ。しかしデコボコ道じゃ車が通るのにマズいってコトで、
すべてアスファルトで覆ってしまった。
それで道は呼吸が出来ずに徐々に温暖化は進み、
ボクたちの楽しい遊びも奪われた。
人間にとって便利な世の中は必ずしも地球にとってイイ事ではないのでしょう。
地球に住まわせてもらっている事をボクたちは、
再認識して生活しなければいけませんね。
 

懐かしい瀬戸電に乗っちゃいました!

 
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チト、用事があって久しぶりに瀬戸電。
う〜ん高校生の時だから大昔か・・。
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懐かしいな、あの頃を思い出しました。
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当時、ボクは高校三年生。
美大を受験するためにデッサンしたりする美術研究所とゆ〜所に通っていた。
それが瀬戸電沿線の『瓢箪山』駅にあったのだ。
今ど〜なってるんだろなあ??
なんか森の中にポツンとあった一軒家だったと記憶している。
受験生が4〜5人いて、それを指導する先生(たぶん芸大生)が2〜3人。
それで一杯の部屋だった。
そして先生たちがみんな如何わしいカンジでオモシロかったなあ・・。
煙幕のようにタバコを吸いまくる人とか、
突然空手の型を始める人とか、
いつもボソボソ何かをつぶやいている人とか、ね。
そんなユニークな環境で絵の勉強をしてたので、
浪人してしまったのかな(笑)。


 

ボクがデザインしたキャップです。

 
オレンジ
コレはだいぶ前にデザインしたキャップ。
何もないキャップを色違いで3個手に入れたので、
ボクがマークを作って刺繍してもらった。
グレー
確か名東区の小さなスポーツ用品店でやってもらったと記憶している。
どうやって見つけたのかも忘れてしまったなあ・・。
しかし、もうやってないだろうな・・。
ブルー
感じのいいオバさんと無口な職人気質のオジさんやってるお店で、
ボクがこのデザインを持っていくと、
オバさんが“はいはい”とニコニコしながら、
オジさんが“コリャ難しいな”なんていいながら受けてくれたことを覚えている。
まあ、今も時々かぶっているけど、どう?まだイケルでしょ。



 

磯田先生の想い出

 
磯田先生は大学の恩師。
始めてお会いしたときの印象がとても強くて、
いまだに覚えている。
それはボクが大学に入ったばっかの授業で、
キャンパス内の樹木を描けとゆ〜課題の講評会での事。
まあ、そりゃいい樹がいっぱいあってボクとしても、
スゴく上手く描けたとゆ〜自信作だった。
そこで現れた磯田先生がぐるっとみんなの作品を眺め、
次にウ〜ムとか唸りながら1つずつじっくり見て回られた。
ボクは先生の所作とファッションセンスのよさにチトやられてしまった。
なんか全体的に品のある歩き方とか身振り手振りのしなやかさとか、
白のボタンダウンに黒のニットタイ。羽織るジャケットは白黒のグレンチェック。
パンツはチャコールグレイ。足下は黒のプレーントゥ。
・・もう全てが完璧であった。
そして先生、1枚1枚丁寧に講評をしていきボクの作品の前に来た。
「うん、これも良く描けてる。樹のいのちを感じるね」
とのお言葉を頂戴した。もう完全にあこがれてしまったね。
この人についていこ〜〜みたいなネ!
それから先生に師事していろいろ教えを乞うたけれども、
なんかこう先生のダンディズムにはまだまだ近づいてないな!
ガンバロ・・・。

 

小学生の時の野球の想い出。

 
小学生の頃の話。
野球が出来る空き地がけっこうあった。
まあ今考えると誰かの土地だったのだろうが、
勝手に野球なんかして遊んでいても誰にも何も言われなかった。
・・ある意味ゆるいイイ時代だったね。
でいつものように仲間と集まって野球をしていた時の事。
余談だがボクは自慢じゃないが(自慢だ)上手い方だったので、
いつも4番でピッチャーをしていた(自慢だ)。
その日も速球でアウトをとったりするどい打球でヒットを打ったりして、
みんなに羨望のまなざしでみられる(たぶん)活躍をしていた。
そしたらドコからともなく1人の大人が現れて、
(当時はオジさんに見えたけど若かったんだろな)
ボクが空振りで三振をとったところで、
「キミ上手いなあ・・ちょっと打たしてもらえんか?」
「あっ、い、いいですよ」っとボク。
その時、絶対打たれるもんかってゆ〜自信があったのを覚えている。
『ウシッ、打ち取ってやる!』
『ボクの直球、カンタンには打てんぞ!』
・・なんてカンジだったかな・・。
オジさんは軽く素振りをしてバッターボックスに入る。
ボクは渾身の直球勝負だ(実は球種は直球しかなかったんだが・・)
思いっきり振りかぶり“エイッ”
と次の瞬間、“パッカ〜ン”
打球はあっとゆ〜間にセンターを超え遠く草むらへ消えて行った!
『ま、まさか・・』
もの凄いホームランである。
ボクは信じられない気持ちでその場に立ち尽くしていた。
たぶん目が点、口は半開きだっただろうな。
オジさんはなんかブツブツ言いながら、
「もう一球よろしく〜っ、モット速くてもいいよ〜っ」だと、
クッソ〜、ぬかせ〜今度は打てないぞ!っとばかりに、
力を込めて“エイッ”
“パッカ〜ン”・・さっきより遠くに球は飛んでいったぁぁぁ。
その後数回オジさんは対戦を要求して来たが、
結果はすべて特大ホームランだった。
そしておじさんが完璧に落ち込んでいるボクに向かって
「ありがとね。練習すればもっといい球なげられるよ」
と声をかけて去っていった・・。
その後悔しくって野球どころじゃなくなったのを覚えているが、
今思うとそのオジさんは野球の実力者で、
あまりにも天狗になったボクのプレーを見て戒めてくれたんではないかね。
たぶんそうだろうね。じゃなきゃタダの小学生いじめだよね。
プロフィール

taquantaquan

Author:taquantaquan
シアワセにつながることが行動の基本です。美味しいものを食べたり楽しいところへ行ったりする事も大好きです。だから毎日頑張ってます!






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