イトウタカシの日常

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水たまりで遊びましたね。

 
5月なのにもう暑い。
季節感が少しおかしくなっているな。
てか四季がなくなりつつあるカンジ?
夏・冬が長くて春と秋が微妙に短くなっている。
っま、仕方ないわな人間が地球を痛めつけた結果だから・・。
水たまり
たとえば、昔は雨の季節、雨上がりにこんな大きな水たまりが出来て、
入って遊んだもんだ。しかしデコボコ道じゃ車が通るのにマズいってコトで、
すべてアスファルトで覆ってしまった。
それで道は呼吸が出来ずに徐々に温暖化は進み、
ボクたちの楽しい遊びも奪われた。
人間にとって便利な世の中は必ずしも地球にとってイイ事ではないのでしょう。
地球に住まわせてもらっている事をボクたちは、
再認識して生活しなければいけませんね。
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懐かしい瀬戸電に乗っちゃいました!

 
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チト、用事があって久しぶりに瀬戸電。
う〜ん高校生の時だから大昔か・・。
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懐かしいな、あの頃を思い出しました。
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当時、ボクは高校三年生。
美大を受験するためにデッサンしたりする美術研究所とゆ〜所に通っていた。
それが瀬戸電沿線の『瓢箪山』駅にあったのだ。
今ど〜なってるんだろなあ??
なんか森の中にポツンとあった一軒家だったと記憶している。
受験生が4〜5人いて、それを指導する先生(たぶん芸大生)が2〜3人。
それで一杯の部屋だった。
そして先生たちがみんな如何わしいカンジでオモシロかったなあ・・。
煙幕のようにタバコを吸いまくる人とか、
突然空手の型を始める人とか、
いつもボソボソ何かをつぶやいている人とか、ね。
そんなユニークな環境で絵の勉強をしてたので、
浪人してしまったのかな(笑)。


 

ボクがデザインしたキャップです。

 
オレンジ
コレはだいぶ前にデザインしたキャップ。
何もないキャップを色違いで3個手に入れたので、
ボクがマークを作って刺繍してもらった。
グレー
確か名東区の小さなスポーツ用品店でやってもらったと記憶している。
どうやって見つけたのかも忘れてしまったなあ・・。
しかし、もうやってないだろうな・・。
ブルー
感じのいいオバさんと無口な職人気質のオジさんやってるお店で、
ボクがこのデザインを持っていくと、
オバさんが“はいはい”とニコニコしながら、
オジさんが“コリャ難しいな”なんていいながら受けてくれたことを覚えている。
まあ、今も時々かぶっているけど、どう?まだイケルでしょ。



 

磯田先生の想い出

 
磯田先生は大学の恩師。
始めてお会いしたときの印象がとても強くて、
いまだに覚えている。
それはボクが大学に入ったばっかの授業で、
キャンパス内の樹木を描けとゆ〜課題の講評会での事。
まあ、そりゃいい樹がいっぱいあってボクとしても、
スゴく上手く描けたとゆ〜自信作だった。
そこで現れた磯田先生がぐるっとみんなの作品を眺め、
次にウ〜ムとか唸りながら1つずつじっくり見て回られた。
ボクは先生の所作とファッションセンスのよさにチトやられてしまった。
なんか全体的に品のある歩き方とか身振り手振りのしなやかさとか、
白のボタンダウンに黒のニットタイ。羽織るジャケットは白黒のグレンチェック。
パンツはチャコールグレイ。足下は黒のプレーントゥ。
・・もう全てが完璧であった。
そして先生、1枚1枚丁寧に講評をしていきボクの作品の前に来た。
「うん、これも良く描けてる。樹のいのちを感じるね」
とのお言葉を頂戴した。もう完全にあこがれてしまったね。
この人についていこ〜〜みたいなネ!
それから先生に師事していろいろ教えを乞うたけれども、
なんかこう先生のダンディズムにはまだまだ近づいてないな!
ガンバロ・・・。

 

小学生の時の野球の想い出。

 
小学生の頃の話。
野球が出来る空き地がけっこうあった。
まあ今考えると誰かの土地だったのだろうが、
勝手に野球なんかして遊んでいても誰にも何も言われなかった。
・・ある意味ゆるいイイ時代だったね。
でいつものように仲間と集まって野球をしていた時の事。
余談だがボクは自慢じゃないが(自慢だ)上手い方だったので、
いつも4番でピッチャーをしていた(自慢だ)。
その日も速球でアウトをとったりするどい打球でヒットを打ったりして、
みんなに羨望のまなざしでみられる(たぶん)活躍をしていた。
そしたらドコからともなく1人の大人が現れて、
(当時はオジさんに見えたけど若かったんだろな)
ボクが空振りで三振をとったところで、
「キミ上手いなあ・・ちょっと打たしてもらえんか?」
「あっ、い、いいですよ」っとボク。
その時、絶対打たれるもんかってゆ〜自信があったのを覚えている。
『ウシッ、打ち取ってやる!』
『ボクの直球、カンタンには打てんぞ!』
・・なんてカンジだったかな・・。
オジさんは軽く素振りをしてバッターボックスに入る。
ボクは渾身の直球勝負だ(実は球種は直球しかなかったんだが・・)
思いっきり振りかぶり“エイッ”
と次の瞬間、“パッカ〜ン”
打球はあっとゆ〜間にセンターを超え遠く草むらへ消えて行った!
『ま、まさか・・』
もの凄いホームランである。
ボクは信じられない気持ちでその場に立ち尽くしていた。
たぶん目が点、口は半開きだっただろうな。
オジさんはなんかブツブツ言いながら、
「もう一球よろしく〜っ、モット速くてもいいよ〜っ」だと、
クッソ〜、ぬかせ〜今度は打てないぞ!っとばかりに、
力を込めて“エイッ”
“パッカ〜ン”・・さっきより遠くに球は飛んでいったぁぁぁ。
その後数回オジさんは対戦を要求して来たが、
結果はすべて特大ホームランだった。
そしておじさんが完璧に落ち込んでいるボクに向かって
「ありがとね。練習すればもっといい球なげられるよ」
と声をかけて去っていった・・。
その後悔しくって野球どころじゃなくなったのを覚えているが、
今思うとそのオジさんは野球の実力者で、
あまりにも天狗になったボクのプレーを見て戒めてくれたんではないかね。
たぶんそうだろうね。じゃなきゃタダの小学生いじめだよね。
 

ウルトラQ。面白かったね。

 
ウルトラマンが出てくる前の“ウルトラQ”とゆ〜番組。
好きだったなあ。単なる怪獣をやっつけてめでたしめでたしの展開ではなく、
それぞれの物語にペーソスとゆ〜か、哀愁が漂っていて、
人間であることを考えさせるよ〜な深いドラマだった。
ボクは子どもながらに毎回感心して見ていた。
主題歌も当時としては斬新な、
ダダダダ・ダダダダ・ダダァ〜ン・ダダァ〜〜みたいな、
歌詞のない音楽で神秘的な世界にいざなわれた。
う〜んよく出来たテレビドラマだったね。
今みても面白いんじゃないかな??
『ウルトラQ』
当時で1話あたり約600万円(相場の約4倍)という破格の予算を投じており、特撮シーンの撮影には映画と同じ35mmフィルムが使用されるなど、他の作品とは一線を画していた。
それまでは映画でしか見ることができなかった怪獣や怪奇事件が円谷英二の手により毎週テレビ画面に登場するという贅沢さ、当時のテレビドラマは4回(1ヶ月)で1話が完了するという作りが普通であるのに『ウルトラQ』では1回で1話完結という簡潔さも斬新さが受け、番組は大ヒットを記録。平均視聴率30%を越す超人気番組となった。
シリーズ唯一のモノクロ作品であり、全編撮影後に放映枠を探し、武田薬品工業株式会社のタケダアワーにおいて第一期ウルトラシリーズ(空想特撮シリーズ)第1作として放映された経緯がある。
『ウルトラQ』のタイトルの由来は、当時の日本の男子体操選手が披露した高難度の技の総称「ウルトラC」と、「Question(謎、疑問)」のQを組み合わせたものである。
 

中学生の美術の時間。

 
ボクは絵を描いたり何かを作ったりするのが好きである。
幼少期から絵を描くと褒められていた。
しかし中学に上がると突然絵を描く事が嫌いになった。
原因ははっきりしている。
当時の美術教師がボクとまるっきり合わなかったから。
ボクは絵は自由に描くモノだと思っていたが、
その教師はキチッと描くのがよろしいと決めつけていた。
あるとき風景を写生するとゆ〜授業、
ボクはあまりにも気分が良かったのでイメージで風景を描きだした。
空なんかピンクにしちゃって木も黄色。
向こうに見える山々は水色に塗って何ともカラフルな絵が出来上がり、
一人悦に入ってルンルンしていた。と、そこへ例の教師が現れ、
ボクの絵を見て烈火の如く怒りはじめ、
「そ、空はそんな色か!えぇ!」
「そして木は木の色を塗らんか!」
「こんな無茶苦茶な絵描いてオマエえぇ!遊んでるのか!えぇ!」
ボクはなんでこんなに叱られるのかわからずポカンとしていると、
「私の話を聞いているのかオマエえぇ!」
またあるとき石膏で人体像を作る授業で、
ボクは普通に作るにが嫌だったので、
頭を大きく体を細く小さくバランスを崩し、
とても面白い形の人体像が出来上がりまたまた一人悦に入ってルンルンしていた。
するとまた例の教師が目じりを吊り上げて、
「こ、こんな人間がおるか!えぇ!」
「もっと人の構造を考えて作らんか!」
「こんな無茶苦茶な人間、オマエえぇ!遊んでるのか!えぇ!」
そして、またなんで叱られるのかわからずにいると、
「オマエはホントにやる気あるのか?オマエえぇ!」
・・そんなことが相次ぎいつの間にやら美術の授業は、
テキトーに受けるようになりとてもつまらない時間になっていた。
でも今にして思うとその教師はボクに美術の基礎を教えようとしてたんだね。
写実とか素描とかの大切さをね。それがつまらなかったんだねボクは。
あの時ひと言でも『いいよ空、ピンクで』『おお、この人体は独創的だ』
なんて言ってくれてたら面白くってたまらなかった美術の授業。
としてボクの記憶に残っているんだろうがね・・。
やっぱ美術教師のつとめは絵を描くことはとても楽しいことなんだってことを
どれだけ伝えられるかだと思うね!
う〜ん、コレって学習すべてに言えることかもな・・。
 

スパイ大作戦。かぁ。

 
昔のテレビドラマで『スパイ大作戦』ってのが好きだった。
〜おはようフェルプス君〜ではじまる、アレ。
痛快でハラハラドキドキのストーリーを興奮しながら見てたな。
・・しかし、その時は何も思わなかったが、
よく考えてみると『スパイ大作戦』って、オカシくない?
だってスパイって敵のようすをひそかに探る人のことだよねえ?
それが大作戦しちゃうって、どうなの?
原題は 『Mission: Impossible』手に負えない任務。使命。
命がけの任務。みたいな意味だよね。
きっと、当時の担当のエライさんが、
「ミ、ミッション インポッシブル??」
「なんのこと?ど〜ゆ〜こと??」
「なんかこうパンチがねえなあ」
「もっとナウいのないの?」
「う〜ん大作戦だよ!」「そ〜よスパイよ?」
「スパイ大作戦でイイんじゃない!バッチグ〜よ!」
・・てなカンジで決まったんだろな。きっと。
まあ、題名はともかくとしても面白いドラマだったな。
 

メンズショップみゆきの想い出。

 
高校生の頃の話。
ちょうどオシャレに目覚めた頃。
当時はアイビーブーム真っ盛り、
VANのボタンダウンシャツとコットンパンツで、
町を歩くのが僕たちの基本だった時代でしたね。
そんな時、ボクの友だちの友だちで、
高校をやめてメンズショップの店員さんになったヤツがいた。
そのお店はVANの商品をはじめ各種有名ブランドを扱う、
当時ボクらのあこがれの場所であった。
そこの店員さんたちはみんなカッコ良くキマっていた。
スターのようにキラキラしていて羨望の的だったな・・。
なのでそんなお店で働きだした彼もボクらの自慢だった。
え〜っと確かメンズショップみゆきって名前だったと思う。
休みの日はみんなでオシャレしてメンズショップみゆきに行き、
いろいろファッションの情報を得たり、
店員さんの着こなしを参考にしたりして充実した時間を過ごした。
なかでも自慢の彼との話はいつも盛り上がった。
そして毎日好きな服の事を考え、好きな服に身を包み、
楽しくお仕事している彼が、うらやましく思えた。
『あ〜いいなあ、こんな生活送りたいなあ・・』なんて真剣に思ってたね。
勉強に飽きていた高校生の軽はずみな考えだったね。
そのメンズショップみゆきの彼が、
ボクらよりずっと大人に見えたのは働く事の大変さがわかっていたからだろうね。
きっと彼は『君ら高校生は悩みなくって良いよな』なんて思いながら、
接客してくれていたんだろうね。たぶんそうだったんだろね。
・・もう遅いけど、当時ファッションに気合いを入れたくらいに、
勉強に興味を持っていたら・・まっ考えてもショ〜がないわな!
 

蚊帳の思い出。

 
なんだか蒸し暑くって、クーラーなしでは寝られませんね。
しかし、ボクが子どもの頃の夏は昼間は暑いけれど、
夜になると気温が下がり涼しい風が入ってきて、
とても快適だったなあ・・と思う。
今は温度が下がらないんだよね。土の地面を覆いすぎちゃったからね。
で、昔。寝る前に窓とゆ〜窓を開けっぱなしにして、
蚊帳(かや)吊って寝るんだよね。
ものすごく不用心だけどコレが気持ちいいんだ。
ス〜ッと風が蚊取り線香のにおいとともに通って、
外では飼ってた鈴虫が鳴いていて、もうすぐに眠りにつけた。
今あんまり気持ちのよくないクーラーの風を感じながら、
あんまり気持ちのよくない眠リについている。
・・よしっ、お隣が更地のうちにウチの前の道のアスファルトはがして、
土の道にして窓全開にして蚊帳吊って寝てみるか!!?
いや、もっと大掛かりな手段にでないとダメだ!
向かいのマンションも更地にして、イトーのウチの周り一帯も更地にしよう!
そ〜すれば昔のように快眠できるだろう!
・・うん?イカンあまりにも暑いのでチトオカシくなったかな??


プロフィール

taquantaquan

Author:taquantaquan
シアワセにつながることが行動の基本です。美味しいものを食べたり楽しいところへ行ったりする事も大好きです。だから毎日頑張ってます!






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