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イトウタカシの日常

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神宮前商店街。ああ、なつかしや・・。

 
中学生の頃。チョット色気づいた頃。
ボクらのあこがれのアイテムは、
リーバイスのブルージーンズ、リーのジーンズ。
とコンバースのスニーカー。
あと、VAN、JUNのファッション。
それらが取り揃うのが熱田の神宮前商店街だった。
で、お金が貯まるとワクワクしながら市電に乗って通うのだった。
当時片道25円だったと記憶している。
そして目指すお店には、そりゃ〜もう垂涎の商品が並んでいた。
まだ子供だったボクらはお店に入っても緊張してしまい、
上手く店員さんとコミュニケーションできずに、
ドギマギ、ギクシャク、しながら買い物をしていた。
「こ、これください・・」
「ハイ、ウエストはどのくらいですか?」
「こ、このくらいで、です・・」
「うん?何インチですか?」
「い、いんちですか・・」
・・みたいなね。
でも、なんとか目的の物を手に入れてまたワクワクしながら、
市電で帰るのだった。ウム懐かしい想い出だよな。
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今の商店街、ずいぶん変わってしまったわな・・当たり前か。


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“ノ〜フラッシュ!”

 
だいぶ前、台湾旅行をした。
で、故宮博物館を観光していた時のこと、
素晴しく繊細な美術品の数々は目を見張るものがあった。
ボクは一点一点感動しながら観て回った。
当然、館内は直射日光から作品を守るために薄暗い。
写真撮影はオッケーだけど当然、フラッシュは禁止。
・・しかし写真をキレイに撮るには正直暗すぎる。
でも素敵なゲ〜ジュツ品の写真は撮りたい。
でもフラッシュは禁止。とどこかで、
シュワッとフラッシュの光が・・・。とその瞬間。
館内で鑑賞していたたくさんの人々が一斉に、
“ノ〜フラッシュ!”と叫びそのフラッシュを使った人を注意するのであった。
すげえ!ボクはこの光景にも感動してしまった。
たとえばコレが日本だったらフラッシュを使った人を
果してみんなこんなふ〜に諌めるだろか?
ボクも含めてたいてい人は無視するかヒソヒソと非難するくらいだろう。
まあそれだけ台湾故宮博物館を訪れる人々は、
ココに収納されている美術品に敬意を払っているってことだな。
いやあ、いい経験をした台湾旅行だったなあ。
そ〜だ、その時ボクも今後このような場面に遭遇したら、
積極的に注意しようと心で誓ったんだけな!
威厳のある声で“ノ〜フラッシュ!”ってカンジでね!
 

“パッカン”とゆ〜お菓子。

 
子供の頃、“パッカン”とゆ〜名前で呼んでいた菓子屋がいた。
正確には“パッカン”とゆ〜お菓子を作る機械をリヤカーに積んで、
売りにくるオジさんがいた。
で、“パッカン”とはポン菓子のこと、米などの穀物に圧力をかけた後に、
一気に 開放することによって膨らませた駄菓子の一種なのだ。
菓子自体はたいしたモノではないが、
その製造工程がとてもとてもエキサイティングで魅力的であったのだ。
月イチくらいで公園とか空き地に現れた“パッカン”に
いつもコーフンしていた。そしておふくろに、
『ねえねえパッカン来たよ!買ってよ!』としつこくねだったのである。
仕方なくおふくろが米を持ってオジさんのところへ行って、
『コレだけ作ってちょ〜だい』って渡すのだ。
さてコレからが見所だ!
米を受け取ったオジさんは慣れた手つきで、
機械に入れて何やら仕込みをする。
その仕草もなんかカッコよかったな。
さて用意ができたら機械に圧力をかける、ギュイ〜ンとかける。
すると次の瞬間、パッカ〜〜〜ンっと大音響のもと、
強烈な湯気をともなって受けカゴにバラバラと菓子が出来上がるのであった!
大音響と強烈な湯気がもの凄く迫力があって感動したもんだ。
このパフォーマンスがよかったのだ!
なので出来上がった菓子はど〜でもよかった。
食べる気にならなかったのでいつもおふくろに叱られたわ。
でもまた“パッカン”が来ると、
『ねえねえパッカン来たよ!買ってよ!』しつこくねだるのであった。

 

青山クンの想い出。

 
中学1年生の時。
いっしょのクラスに青山クンとゆ〜男の子がいた。
ちっちゃくてとてもカワイイ子だった。
人懐っこくボクに話しかけてきてすぐに友達になった。
でも青山クンは小学生の頃からいじめられていて、
中学に上がっても引き続きいじめられていたのだ。
ボクは学区が違ったので青山クンとは中学で、
知り合ったからど〜ゆ〜経緯でいじめられてきたのかわからなかったが、
かなり頻繁に悪質なわるさをされているようだった。
いじめっ子は村上クンと言って、
青山クンの学区では、かなりの不良でならした目つきのわるいヤツだった。
そいつがグループを作って校内を闊歩して、
弱そ〜な子を見つけてちょっかいを出していた。
その中の1人が青山クンだったのだ。
青山クンに対するいじめの内容は主に、お小遣いをせびったり(かつあげ)とか、
ズボンに泥をつけて汚したり、胸ぐらをつかんで脅したり、
とにかくしつこく時間があればいじめ続けていた。
そして、いじめの現場に居合わせたボクは、
青山クンを助けるでもなく、
村上クンたちのグループを睨みつけるしかなかった。
である日青山クンに、
「ゴメンな青山クン、ナンも言えなくて」と言うと、
青山クンが、
「え〜よ慣れとるから、アイツら、ゆ〜コト聞いてりゃそれ以上やらんから」
と少し、はにかみながら笑顔で答えた。
それからも青山クンはいじめられていたけれど、
ボクと話す時は、いつも笑顔で楽しそうだった。
だから青山クンと話す時ボクはなるべく面白い話題を用意した。
今思うとボクに出来る最大の思いやりだったのかもしれない・・。





 

バイトの想い出by受験生。

 
受験浪人生の時。
何とボクは受験生なのにバイトをしていた。
とゆ〜かバイトをすることを強いられていたのだ。
『受験させてやるから金を稼げ!』とゆ〜、
メチャクチャな要求を親から受けていた。
普通はしっかり勉強して確実に受験に成功することを
目指せってゆ〜のがまっとうな親だろうがウチの親は変わっていたな、
てか変だよね・・。受験生にこの仕打ちは・・。
でもまあ仕方ないので効率よく稼げるバイトを探してやっていた。
たとえば当時、郵便局の下請けの(?)日本郵便逓送(今はない)。
ココでの仕事は中央郵便局に集まった郵便物を
各地の郵便局に配達するために仕分けしたり、
各地の郵便局に行く大きな郵便車(トラック)に、
助手として乗って配達のお手伝いしたりで、
体力資本だけど結構イイ給料をくれたナイスな仕事だったのだ。
そこで働く人たちは、ほとんどが失業中のニーチャンで、
いまでゆ〜フリーターたちだった。
で、そのニーチャンたちと話しをするのも面白かった。
彼らもボクのことを職をなくしたオトコだと認識して気軽に話した。
たまには仕事帰りにみんなで飲みにいったりもした。
(未成年だったことはもう時効ってことでお許しを・・)
そうゆ〜人たちと人生なんかについて語り合っていると、
自分が受験生であることを忘れてしまい、
危うい心理状態になってしまうこともあった。
『まっ、イイか、人生楽しくやるか、大学だけが道じゃない』みたいな。
その時はホント危うかったね。
入れるかどうかわからない大学受験への不安から逃避したい自分がいたね。
まあ、青春の懐かしい想い出ですね。




 

『モジリアニ』の想い出。

 
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モディリアーニとゆ〜絵描き。
この作家について過去に熱く語ってくれたのは、
ボクといっしょに美大を目指していたシローとゆ〜男だ。
シロー君は原田司郎と言ってとても純粋な心を持ったナイスなヤツだった。
当時いっしょに通っていた美術研究所でデッサンとかの後に、
近くの喫茶店で夜遅くまでいろいろ語りあった。
だいたいは幼稚なレベルの美術に関する話だったと思うが、
それでも議論が白熱するとつかみ合いになることもあった。
でもそれが楽しくて面白かった。
で、ある日シローが感心したような顔をして、
モディリアーニのことを話しだしたのである。
『オレさぁ、最近人体のデフォルメ、研究しとるんだけども』
『あれさぁ、やってくと、モジリアニになるんだわ』
『どんなに違うことやってもモジリアニにたどり着くんだわ』
『ちゃうちゃうって思っても、モジリアニなんだわ、不思議だわ』
『完成されたデフォルメだわ、なっちゃうんだわモジリアニに』
『やっぱ、モジリアニ、スゴいわ』
って興奮気味にボクが口を挟む間もなくしゃべるのである。
シローはここ何日も自分なりにデフォルメを追求していたらしいけど、
モディリアーニの絵が究極のデフォルメだと断言するのである。
『頭も首も体も、ホント、モジリアニの絵そっくりになるんだわ』
よほど感動したんだろな。
ボクもシローもまだモディリアーニのことをよく知らない頃の話である。


●デフォルメ(仏: déformer、動詞)、デフォルマシオン(仏: déformation、名詞)とは、絵画や彫刻などで、対象を変形・歪曲して表現すること[1]。

●アメデオ・クレメンテ・モディリアーニ(Amedeo Clemente Modigliani、1884年7月12日 - 1920年1月24日)は、イタリアの画家、彫刻家。主にパリで制作活動を行った。芸術家の集うモンパルナスで活躍し、エコール・ド・パリ(パリ派)の画家の一人に数えられる。
 

就活の想い出。

 
就活かあ・・・。
ボクもその昔やったなあ。
当時はメールエントリーとかスピーディな手段がなかったので、
いちいち電話でアポイントを取り、
日時をあわせて訪問するスタイルであった。
しかもケータイ電話もない時代、双方の連絡も大変だった。
試験の段取りとかも一度の電話で、
全て漏らさず決定してそれをミスなく遂行していかなければならなかった。
東京の会社での面接が日をまたいで長引く時なんかは、
滞在先のホテルに連絡してもらうようにお願いしたりして、
会社から電話連絡が来ないときは、
こちらからお問い合わせの電話したりして、
『いかがなりましたでしょうか?』なんて結構気を使った覚えがあるな!
だって合否の連絡は電報の時代だからね。
それでも就活を通して少し大人になった自分を感じたのも確かだ。
そ〜言えば、その時お世話になったビジネスホテルは・・
今もあるかいな??
え〜〜っと上野のサンターガスホテル。
・・おおっあるある!まだあった!
いやあ記憶がさらに蘇って来たぞ。
そうそう毎日緊張してたので部屋ではバタンキューだったけど、
狭い部屋で一張羅のスーツを着て気合いを入れていたのを思い出すわ。
今度、上野駅近くに行ったら訪ねてみるかな・・。


 

市電の想い出

 
ボクが中学生の頃、名古屋はまだ市電が走っていた。
最寄りの駅から神宮前までたしか25円だった。
その神宮前には少し色気づいた少年がワクワクする
当時の若者の憧れのファッションブランドVANやJUN。
あるいはアメリカンカジュアルの垂涎ものの、
リーバイス501とかコンバースのスニーカーを扱うお店が、
たくさんあったのだ。
なのでお小遣いがたまったら勇んで市電に飛び乗り時神宮前を目指していた。
買い物はいつもドキドキしながらメボしい物を見つけると、
「す、すいませ〜ん。こ、これみせてください」と店員さんに、
ビビりながら伝えるのである。当時、最新ファッションを纏った店員さんたちは、
みんなカッコよくて輝いてみえた。
そしてそこでの会話はとても緊張してたどたどしいモノだったが、
ボクをファッションに目覚めさせファッションセンスを
磨いてくれたことにマチガイはない。
なのでお金がない時も店員さんたちとお話をしたいがために、
往復の電車賃50円だけを握りしめてせっせと神宮前に通っていた。
で、店員さんに「き、きょうはなんかいいものあ、ありますか?」
なんて、おかしな問いかけをしてね。
店員さんたちは純粋で熱心な少年が一生懸命に話しかけてくるので、
しょうがなく相手にしてくれたんだろな。
でも楽しかったなあ・・。
VANの白いボタンダウンシャツにリーバイスのブルージーンズ。
靴はコンバースのバスケットシューズ・・。
コレがボクの宝物だったね。
今考えるとフツーの服を着てるだけだったのだがね。








 

『天花粉』。について。

 
夏、エアコンがなかった幼い頃はアセモがいっぱいできてたな・・。
そこで大活躍したのが『天花粉』。
風呂あがりを追いかけられて白い粉をパタパタされた。
からだじゅう真っ白で肌がサラサラいい匂いになって、気持ちよかったですね。
今も天花粉って使ってるのかねえ??アセモもあんまり聞かなくなったしね。
『天花粉』はボクらの夏の風物詩でしたね。
ところで『天花粉』または『天瓜粉』(てんかふん)は、
キカラスウリの根からとれる粉のことだってさ。
古くは、おしろいがわりに用いられたんだと。
カラスウリ
 

ムカついた想い出だけど、大切な想い出。

 
昔、偉そ〜にする人と仕事をしたことがある。
その人は権力を持っていてそれを傘に、
ボクにもの凄いプレッシャーをかけてきた。
たとえば、
『一流になるためにはねえキミそんなんじゃダメだよ』とか、
『キミのデザインのポリシーは何だね?』とか、
『いいデザインってわかる?キミ?ウン??』とかとか、
とにかく上からバンバンものを言ってくる人だった。
で、ボクも若かったので言われることにことごとく、
腹を立てて歯向かう姿勢を崩さなかった。
そして、へつらわないボクを見てその人はさらに高圧的になって、
『キミィ、ボクの言ってること、わかってるの??』と、
若干キレ気味に話す。ボクもムカッとして言うことを聞かない。
堂々巡りのやり取りが続き結局その仕事はナシになった。
ボクからお断りしたのだが、そん時はしばらく胸くそ悪くてたまらんかった。
まあ、今だと『ハイわかりました。
おっしゃるように作って差し上げます』ってなカンジで終わるんだけどねえ、
それだけ純粋だったのかもしれないね、ボクが・・。
いやいやあの時の理不尽さと戦う気持ちって大切だと思うね。
そうそう失ってはいけないコトかもしれないな。
そして自分が偉そ〜な態度で生きていないかとゆ〜ことも気をつけないとな!
てなコトで、いろいろベンキョウになったお仕事でしたね。
プロフィール

taquantaquan

Author:taquantaquan
シアワセにつながることが行動の基本です。美味しいものを食べたり楽しいところへ行ったりする事も大好きです。だから毎日頑張ってます!






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