イトウタカシの日常

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フツーがいいかもね!

 
どちらかとゆーと、フツーである。
何がって、人間が、ってかボクが。

小さい頃は、大人になったら月光仮面のような
ヒーローになる予定だった。(月光仮面知らねえか?)

・・・いつ頃からフツーになっちゃったんだろか??

小学生の頃の「絵」を見ると
自分でゆーのも変だけど「こいつは天才だなあ」って思うし、
学級委員なんかに選ばれて、ヒーローになる素質はあった。


・・・成長とともにフツーになっちゃった。

今じゃ、世の中に“プチッ”とされないように
ヒッシこいて生きている。

才能も小さい頃のほうがあったかもしれないけど
ヒッシこいて描いている。

ヒーローにはなれなかったけど
ヒッシこいて家族を守っている。

・・・やっぱ、フツーでよかったかもね

もしヒーローになっちゃってたら、
人として解ってなきゃ行けない事が
欠落してたかもね。

イヤな人間になってたかもね!

・・・負け惜しみか!?





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台風の日に

 
教え子が子供を連れて遊びに来てくれた。
彼らは時々、訪問してくれるんだけど、
忘れずに会いに来てくれるなんて
いやあ、嬉しいもんですねえ。

成長している我が子を見せ、
お昼ご飯を食べて、お互い近況の話をして、
帰って行った。

また来てね!

彼らは、これからどんどんいろんな事があって
シアワセを積み重ねて行くんだろなあ

ボクも、子供の世話をしながら話す彼らを見てて
シアワセを少しわけてもらった気がする。

ほのぼのとした、いい1日であった。

お〜っとイカン。オムライス食べ過ぎた!
ジム行かなきゃな!




 

一皮、剥けたか?

 
こなれてきた。

何がって、人間が。
な様な気がするだけかもしれないけれど
若い頃と比べるとジタバタしなくなってきたし
いろいろ受け入れられるようになってきた。

まあ、よーするに丸くなったとゆーことか。

それが顕著に出るのが、
学生と接している時だ。

昔は「よ〜し今から話すからな、よ〜く聞けよ」みたいな
話を聞いてなかったり、解らなかったりすると
「なぜ聞かない、なぜ解らない」って
なんとも、鋭角的なモノの言い方をしてた気がする。

学生の事、解ろうとか話聞こうとかより
自分を解ってもらう事に必死になってたんだろね。

痛かっただろうねえ。お互い。
辛かっただろうねえ。お互い。

傷つけ合うコミュニケーションってカンジ。

やはり、自分を優位に立たせようとしたり
弱さを見られないようにするには
こんなふうになっちゃうんだろね。

今は学生の話を聞き、解ってやろうと
努力している。そうしていると
不思議と心が落ち着いてくるんだなあ

学生だけじゃなくって、全てに余裕が出てきたように思う。


今、ようやく鎧を脱いだ気がする(遅いか!)








 

恩地 孝四郎

 
恩地 孝四郎とゆー芸術家がいた。
どんな作家かは、ちょっと置いといて

ボクがナルホドと思った彼の言葉で
「本は文明の旗である。」とゆーのがある。
昭和の始めの頃「本」の役割は、
文明とゆーものの頂点で光り輝くものだったんだろうなあ。

今も本はそういう存在じゃなきゃいけないんだけど、
次への希望とかが持ちにくい時代、
なんの知識を仕入れなきゃいけないのか
わかんないから「文明の旗!」って
自信もって言えないんだろね

だから、「あっとゆー間にお金が貯まる・・」みたいな
ノウハウ本ばっか売れるんだろね。

ああ、ボクも次の時代に何が必要で何をしなければいけないかを
しっかり考えて「本」を手に取るようにしようと思います。



※恩地 孝四郎(おんち こうしろう、1891年7月2日 - 1955年6月3日)は、
東京都出身の版画家、装幀家、写真家、詩人。
長女は児童文学翻訳家の恩地三保子。
 

いいのか!これで。

 
しかし、今の社会はどーですか。
「総理の政策は、ダメだ!」とか野党は言う。国民も言う。
繰り返し行われる騒動。最初は興味本位で支持率は高いけど、
ほとぼりが冷めてくると最低の支持率になる。
毎回こうなって誰がやっても同じ結果だ。

いいのか!これで。
お祭り騒ぎで政治やってもらっちゃ困るんだけど。

政治家は、イカン!ダメだ!退陣だ!とゆーだけで
なんの解決策も出さん。
国民(庶民)も、しっかり考えずに
「世の中悪くなってるじゃないか!」と叫ぶだけ。

みんな、他人事のように日本のあり方を考えているとしか思えない。

毎日真剣に生きてるモノにとって、イカンともしがたい
憤りを感じてしまう。

みんな、これからは
最小レベルの政治からきちっとやって行こうじゃないの。

つまり自分の日常から始めよう。
日常には決まり事や決めなきゃ行けない事、
そして、やらなきゃいけない事が
沢山ある。これをしっかりこなして行こう!

そうすると自分が社会と、どう関わっているのかがはっきり見えてくる。
「こうゆー政策が必要なんじゃないか、」とか
「こうすれば、解決するんじゃないか」とか
いろいろ考えられるようになってくる。

自分が生活している環境は、しっかり守っていきましょう。
少なくとも、責任とってヤメる事が出来ない人はね。






 

カモ〜ン!ロックンロール

 
ロックンローラーが復縁を迫るか・・・。
しかも、脅迫まがいの手紙まで・・・。

なんか、がっかりだね。

ロックって、質実剛健な感じがして
好きなんだけど、

辛い事があっても、じっと耐えて逆にチカラにしちゃうとか、
曲がった事は絶対しない、まっすぐに進むとか、
決めた事はとことん最後まで貫くどちらかとゆーと頑固者(一刻者ともゆー)とか、

カッコいいよねえ。こんな生き方。

昔の武士を表現することばに「武士は食わねど高楊枝」ってのがあるけど
それに通じるかねえ

こういう境地にはまだなれないけど
ガンバって目指そうと思っている。

でも今はまだまだ「イトウは、食ったら爪楊枝」って感じかな。



 

悲しいお話。

 
そういえば、ボクがよく利用するお店が
無くなる。

つぶれたり、やめちゃったり、いろいろだけど
数えてみると、居酒屋2軒、美容院1軒、雑貨屋(家具含む)4軒、
洋服屋2軒、と、

けっこうスゴい。

何もボクとは関係はないけど(と思うが)
なんか気持ち悪い。

今行ってる美容院でもボクを担当する美容師さんは
かれこれ3人辞めている。
まあこの人たちはみんな独立して行ったので
おめでたいんだけどね。

無くなったところは、みんなとても感じよく
気持ちのいいお店だったなあ。


今も何軒か行きつけのお店があるけど、
・・・なくならないことを祈って止まない。

今日も行ってみるかな。






 

おもしろいね

 
いやあ、なにがおもしろいって、
シューカツスタイル。みんな同じ黒っぽいスーツ。
女子は、きちっと束ねた黒い髪。男子は、キレイに整髪。間違っても立てない。
モヒカンなんてもってのほか!

面接の前の日まで、女子は、髪の毛まっ茶色で「パンツ見えるがや!」みたいなカッコしてたのが
男子は「働くの、うっぜえ!タリイんだよね」って言ってたヤツが

「ワタシは、まじめに就職の事考えてきました。」って、ありかよ!

これって、ある種「ダマしの仕組み」だと思うんだよね。
その場だけウマく取り繕えれば「◯」なんだよな。
面接官も「こいつの普段を暴いてやる」みたいな、ね。

まあ、いずれにせよボクは、こういう、
右へ習え的な発想はあまり好きじゃない。

個性は、格好ではないけれど、
普段の自分を出す事が大切だと思う。
でも、日常なにも考えずに生活していたら
何も生まれないし個性も生まれない。

だから、普段を刺激的な環境にしておかなければいけないんだ。
いや、そういう自分を作らなければいけないんだ。
みんながそういうふうになれば、
きっとおもしろいカッコの人たちは減るんじゃないななあ。

ちょっとムリか・・・。



 

どうでもいいけど

 
人は、無理をしてはいけませんね。
あと、恨んだり妬んだりもしてはいけませんね。

ボクは、無理してそうに見えても実はそうじゃなかったり
人を恨んだり妬んだりもしたこともない。
そして、自分にきびしく他人にやさしい人である。

こうゆーとえらい、立派な人にみえるけど
違うんだなあコレがぁ。

ボクは基本的に概ね自分のコトしか気にならないんだ。
自分がこうしたいああしたいってのが行動の指針で、
他人のコトまで気が回らないんだね。

対人関係に薄情!?

だからか知らんが、友達が少ない。
助言をしてくれる先輩がいない。
親以外、コレと言って尊敬する人もいない。

・・・・。

でも一つだけ言えるのは、
自分がこうしたいと思って出会ったモノとか人は、
自分のものとして全力をかけて大切にしています。







 

月光仮面だ!

 
小さい頃の話。

それはそれは、元気な男の子でした。
朝起きると、月光仮面にしてもらって(白い布を体に巻き付ける)
オモテで遊んだ。近所のお兄ちゃんたちもボクの子分だった。
天気のいい日は毎日外を駆け回っていた。友達も沢山いた。

楽しかったなあ。

ところが、元気があだになったんだろか
ある日、ドブに落ちて背中を打った。
怪我をしたがそのままにしていたら
アララ・・腰が曲がったまま真っすぐになんないヨ〜。
家族もボクがちゃかしたやってると思ったらしく、
笑って見過ごしていた。

でも、ずっとやってるのでなんかおかしいと
病院に行ったら・・・ななんと!

先生曰く
「あと少しで手遅れになるトコだったねえ。
この子は背骨は曲がったままになっちゃうとこだったよ」
って言われたんだと(今考えても怖い話)。

そして、ボクは約1年間入院することになった。
それまで、外で犬のように遊んでいた子が
病院のベッドの安静にしてなきゃいけないなんて
自分のことだけど、かわいそうだったなあと思う。

そして、やっと退院した。

また前のように遊びたかった。

「みんな、アソボー!・・・?」

なんか変だった。
みんなよそよそしかった。ってか冷たい。

子供の世界って残酷なところがあるよねえ
ボクがいない間に遊びの内容とか、友達の繫がりとかが
微妙に変化していたんだね
だから、ボクは、そこに入れなかったんだね

よ〜するに、ハバにされたんだ。

それからは、ひとりで遊ぶコトが多くなった。
どんどん内向的になっていった。
絵を描くことで自分を表現することを覚えたのもこの頃。

ともあれ、こうゆー体験が自分を形成してるんだよね

あの時、ドブに落ちなかったら・・。

ボクの人生は、ずいぶんと変わっただろうな。
少なくともあと10センチは背が高かったろうなあ・・。



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プロフィール

taquantaquan

Author:taquantaquan
シアワセにつながることが行動の基本です。美味しいものを食べたり楽しいところへ行ったりする事も大好きです。だから毎日頑張ってます!






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