イトウタカシの日常

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「棟方志功展」にて

 
「棟方志功展」を観て来た。

本物を観るのは初めてだったが、いやあ、作品のパワーに圧倒された。

特に版画はどれも力強く、白と黒のバランスが実によく

中間のグレーも計算されているかのように程よく配置されていた。

あの有名な『ニ菩薩釈迦十大弟子』なんかも

画面からはみ出そうとするかのような構図がすばらしく感動した。

自身、「版画」のコトを「板画」と記しているが

まさに「板」と「自分」の間で創造の格闘が繰り広げられた結果、

あの妥協を許さぬ気合いの入った作品たちが生まれたんだろうなあ

そして、作品タイトルのほとんどに「〜の柵」と付けられており

これも、「柵を打っていく」といった願いがこもっているようで

魂を込めて制作に望んでいた姿が感じられた。

・・・・・「いいわあ、棟方ぁ」・・と、感慨にふけり美術館を後にした。


ボクも、描くぞぉ〜、棟方なんかは、50代の作品に勢いがあるからな。

よ〜し、やるでぇ〜。







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「VAN」に教えられた。

 
服が好きである。

中学生くらいかなあ。
ファッションに目覚めたのは・・・。

友達のアニキが、当時流行ってた「VAN」のボタンダウンシャツに
「リーバイス」のジーンズを着てるのを見て

「ゲッ、めっちゃカッコイイ!」と思ったのを覚えている。

自分が着ているパンツは、とても「ジーンズ」と呼べる代物ではなく
目の粗い綿の青いズボン。
シャツもオックスフォードのしっかりしたモノでなく
なんか、テロテロの変な柄と色のモノだった。

「ボクも、あ〜ゆ〜のが欲しい!」と痛切に思ったのが
ファッションに興味を持った第一歩かな。

それからとゆーもの、
お金が貯まると「VANSHOP」に走ったものだった。

店員さんもカッコ良かった(そう見えた)し
なんか買い物も緊張しながらしてたなあ

「あ、あのコレ、見せていただけますか。」

「あ、あのコレ、ボクのサイズはありますでしょうか」

みたいな、どっちが客か分からない接し方してた記憶があるな
まあ、それだけ買い物が神聖なものだったんだろね。

毎月「メンクラ(MEN'S CLUB)」は欠かさず目を通して
その時のファッション動向を頭に叩き込んだりね。

全ては、アメリカの大学生のスタイルが基本だったなあ。

いわゆるIVYってやつだわさ。

ボクとしてはアメリカ自体には興味はなかったけど
服は上から下までアメリカンカジュアルだった。

マドラスチェックのB.D.シャツにクリーム色の尾錠のついたコッパンに
ヴァンリーガルのローファーで颯爽と栄の街に繰り出すのだ!

・・・それから、イタリアンだのブリティッシュだの
いろんなファッションの流行がありましたねえ。

でもボクは、今も服を買う時は、あの時のアニキを見てカッコいいと思った
感覚を大切にしている。

何でもソーだけどワクワクしなくなったらオ・ワ・リだよね!










 

雑誌の話。

 
寂しいねえ・・・。
いや、何がって雑誌がドンドン廃刊になって行くこと。

こないだも「ぴあ」がなくなった。

とても残念なことだ。

なんか、ページをめくるワクワク感とかドキドキ感とか
みんなが感じなくなちゃったのかねえ。

それとも、コストのことかねえ。

いずれにしろ、

ボクの楽しみをこれ以上奪うのはヤメてほしい!(大げさか)

だから、ささやかな抵抗として雑誌を毎月買えるだけ買うことにしてる。

そ〜すれば、いずれボクの活動に気づいて、書店の人々が

「やはり雑誌はこのようなおっさんのためにもなくしちゃイカン!」と思い

全国の出版社に働きかけてくれるに違いない。そして

長久手の「雑誌おっさん」の草の根運動の結果

雑誌は勢いを取り戻し、ブーム復活することになる!

・・・・。ないわ、なぁ。




 

「こだわり」をひとつ。

 
かなり「こだわり」を持って生きているように
見られているみたいだけど、

実のところそれほどではない。
ちょっとだけ「コレは外せない」ってモノがあるだけである。

その一つが「車のハンドルは左でなければならない」ってコト!

これはその昔、モノクロテレビ時代に見た

「ルート66」か「サンセット77」だったか、

アメリカの青春ドラマで内容は忘れちゃったけど、

その登場人物とかロケーションがめっちゃカッコ良かったんだな。

髪をリーゼントにまとめて(プレスリーみたいな)

ラペルも、パンツも、ネクタイも細い、コンテンポラリースーツを身にまとい

颯爽とキャデラックの左側の乗り込んで左腕を窓枠にかけ

右手を10分くらいの位置でハンドルを持ち

ブアア〜〜ンっと、とばして行く。

・・・・カッコイイ〜ッ。

あのスタイルに憬れましたね。

「大きくなったらあんな格好して左ハンドルに乗りたい!」って

・・・時は流れて、リーゼントも、スーツも、アメ車も残らなかったけど

左ハンドルだけは未だにこだわっている。

交差点で右折するとき不便だし、駐車場でもチケット入れるのも不便だし、

ぴったり左側に止まると降りるの不便だけど、

なぜか、これは譲れないのである。




 

アナログ派。

 
アナログ放送が終了した。
これからは、デジタル放送の時代なのだ!

そう言えば、少し前は「アナログな人」とか「デジタルな人」とかゆー
言い方よく使っていたよねえ

どちらかとゆーと「アナログな人」を蔑むような言い方で
デジタル派だと時代の最先端みたいな、ね。

当時、よく言われたもんだ

「イトーさん、アナログな人だからぁ・・・。」

その度に

「・・・。わわるい?モゴモゴモゴモゴ」って

別に後ろめたくならなくてもいいのに
時代に乗り切れてないと思われてることに
なんかモゴモゴしちゃってたなあ

でも、よく考えれば
機械はデジタル化出来ても人はムリだよな

だって、「おっ、11時45分50秒に腹が減って来た」ってゆーか?

ふつうは「ああ、何となく腹減ったなあ」だろ?

「だいたいの感じ」とか「テキトーにする」ってゆーのが
人間の持ってるいいとこだと思うんだよね。

やっぱ、いろいろ杓子定規に考えちゃったんじゃねえ
息がツマルでしょ、ねえ!

キッチリ、シッカリは機械に任せて

ボクたちは白、黒ハッキリ付けずに

灰色の部分を大切にして行きましょう。

その方がシアワセに生活出来るカモです。







 

新聞読みますか?

 
新聞、読まれなくなってるんですねえ。

確かに、電車で隣で “グシャグシャ” “グシャグシャ”って
やられるとけっこう迷惑だしねえ。

でもボクなんかは、新聞広告のステキなデザインを見るのが好きだったし
それを超えるものを作ってみようと、
いろいろ公募展に出品したりしてた経験があるので、
今も親しみ深いし、毎日読んでいる。

この間、学生に新聞広告をつくる課題を出して
「新聞毎日読んでる(見てる)人、ハイ手をあげて」って聞いてみたら

0・・・・0人でした。これではイカンですわぁ。

情報は、テレビとインターネットで得るそーです。

新聞広告を作るための資料もインターネットで集めるそーです。

・・・今の時代そりゃそーでしょ。と思うんだけど・・。

でも、なんかイカンですわぁ。

 鳥越俊太郎さんがいつかテレビで新聞のことを

「・・・今の時代に古いと言われるかもしれませんが
 ボクは、新聞は情報の散歩だと思うんですよ。
 ふと見つける記事がスゴくためになったり
 予想外の情報を手に入れられたりね
 オモシロいと思うんですがねえ・・・」

こう言っておられた。その通りだと思う。

ウマく言えないけど
情報って、ピンポイントじゃなく
いろいろ、絡み合って自分のモノにして行かないとダメじゃないかと思う。

だから、学生にもこの際、「新聞読んでみたら」って勧めてみようかと
そして、情報の散歩道に美しい花が咲いたような
広告紙面を創ろうではありませんか!






 

学生時代の話

 
学生時代。
大家さんの離れに部屋を借りていた。
いわゆる下宿ってヤツ。

部屋といっても広いだけの
トタン張りの北向きのガレージの上。
冬は凍えるほど寒く、夏は倒れるほど暑い部屋だった。

ボクだけじゃなくその頃の学生は、だいたいそんな環境で生活していた。
トイレも共同、お風呂ももらい湯か共同で

自転車でだいたい15分圏内に点々と住んでいたので
夜な夜な集まって、陳腐な芸術論とか交わしながら
飲んだり食ったりしていた。

たとえば、こんなコトもして遊んでたなあ。

「気持ち悪くて食べられないモノ」を考よう!って

確か、下駄のウラに味噌つけて食べるとか

おむつにカレーをのせるとか

洗面器におじやを入れるとか

かなり気持ち悪いもの考えてたなあ

あと、40才までに世界的なアーチストになったヤツは
ココにいるみんなを世界一周の旅に連れて行く・・・・。

残念ながら実現しなかったなあ・・・・。


コンビニもない。

パソコンもない。

ケータイもないから
用事があったら会いに行くしかなかった。

そんな時代にボクは青春してた。
そしてコレと言って不便は感じてなかった。












 

「絵」を描くとゆーこと

 
「絵」がウマくなるためには

デッサンをいっぱいやりましょう。
と言われるし、ボクもそう思う。

デッサン=素描と言います。

つまり、そのモノがそこに存在しているように描く。
描けるように練習するのです。

そうしてる間にモノをしっかり観察する目が養われます。

そして、誰でもウマく「絵」が描けるよーになるのです。

しかしコレで「いい絵」「魅力がある絵」が
描けるよーになるわけではないんですねえ。

デッサンは、絵を描くための基礎を学ぶもので、
ある意味、論理的にモノを見る事が求められる。

で、ここからが難しいのだけれども

絵の魅力とゆーのは必ずしも論理的なところばかりじゃないのです。
 
例えば、

「黄色い空があったっていいじゃないか」とか
「少しぐらい手が長い方がオモシロいじゃないか」とか
「パソコンが歩いてクマが追っかけてたら」とか

だんだんそうゆー感覚がエスカレートきて
画面の中で発想が豊かになって行くと

いい絵が仕上がっているのです。

そして放心状態のボクも仕上がっているのです。










 

休日には

 
若鯱家とゆーカレーうどんの美味しいお店がある
そこが出してるカップ麺を食べてみた。

ウ〜ン、お店で食べるようにはいかないが
麺の固さ、ダシの利き方、カレーの濃さ・・・まあまあ、ウマい。

「休みのお昼は、これで充分かな」と
思いつつおつゆを最後まで飲んだ。

さて、休みの過ごし方である。

ボクの休日は、かなりパターン化していると思う。

まず、コレと言ってお出かけの用がない時は

パターン①
ジムに行きます。そして近所のお店、スーパー、等を
物色します。そ〜して夕方になると食事に行くお店を
探します。(いつもの何店かの一つを)
決まったらそこへ行って
シアワセな気分になります。

パターン②
絵を描きます。あきたら近所のお店、スーパー等を
物色します。そ〜して夕方になると食事に行くお店を
探します。(いつもの何店かの一つを)
決まったらそこへ行って
シアワセな気分になります。

以上。

・・・・つまんない?・・って声聞こえたのは、気のせいですよねえ。

意外と刺激的なんだけどなあ?

たとえば、よく行くお店が突然無くなってるとか、
スーパーで、いきなり九州大物産展とかやってたとか、
ジムでよくお会いするおとなりの奥さんがドンドンスマートになって行くとか、
たまに「天才じゃないか」って絵が描けたり
(これはあとで見てたいていガッカリする)


だから、休みの日は楽しくてしょうがない!









 

もうひとつの研究所

 
ときどき、絵本を買う。
自分で面白いなあと思ったものとか
うまく出来てるなあと思うものを。

今日も、パラパラ漫画風絵本を買った。

これがなかなか良く出来てるんだ。

数種類あるなかで迷った末に

「めからかいこうせん」ってゆー
パラパラめくってゆくと目から光線が出てるように見える
工夫がしてある一冊を買った。
これが、何回やっても面白いし楽しめる。
まさに大人の絵本である。



あまりに良く出来てるし
その出版社(もうひとつの研究所)の
遊び心も気に入ったし嬉しくなったので
紹介しておきます。

http://www.mouhitotsunokenkyujo.com/about.html


・もうひとつの研究所物語

"もうひとつの研究所"はサンタクロース(代表取締役)率いるプレゼント研究所の一つです。
サンタクロースからあたえられた研究テーマは「たのしい」プレゼントを作ること。
しかしちょっとおかしなセンスのふたりの研究員が作りだすプレゼントは、なかなかサンタクロースの合格をもらえません。
あまりにも合格プレゼントが少なかったのでいつの間にかプレゼント工場でいちばん古い塔に追いやられてしまい、サンタクロースやほかの研究所から「そういえば研究所がもうひとつあったのだった」と言われるようになり、”もうひとつの研究所”という名前が付けられました。
それでも2人の研究員は自分なりのたのしいプレゼントを作りつづけ、サンタクロースに内緒でそのプレゼントを売ることにしてしまいました。




プロフィール

taquantaquan

Author:taquantaquan
シアワセにつながることが行動の基本です。美味しいものを食べたり楽しいところへ行ったりする事も大好きです。だから毎日頑張ってます!






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