イトウタカシの日常

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力道山の思い出。

 
昭和30年代。力道山とゆー強いプロレスラーがいた。
TVがようやく普及して、もちろんモノクロだけど、
みんながテレビの前でプロレスが始まるのをドキドキわくわくしながら
まっていた。ボクもその一人だった。
元世界チャンピオン、ボビー・ブランズの協力でプロレスリングを始め、
アメリカでプロレスラーとしての実績を積んだ力道山はその後、
日本プロレスリング協会を設立。
世界タッグチャンピオン、シャープ兄弟を招いてプロレス興行を行い、
空手チョップで巨漢のシャープ兄弟をたたきのめし、
戦後の日本人の対アメリカ・コンプレックスを吹き飛ばし、
大ブームをつくった。
ホントに気持ちよかったなあ。力道山の空手チョップ!
後に、日本人じゃなかった事を知って、
とてもショックを受けたけど。でも当時は、
ルー・テーズとの死闘に酔いしれ、
フレッド・ブラッシーとの流血戦に興奮し、
毎週、力道山の戦いを見るのが楽しみで仕方が無かった。
なんか、ボクたちが力道山を通して日本に
気合いを入れてた時代だったんだろうね!
・・・今は、誰がヒーローなんだろね?考えちゃうよね。


力道山(りきどうざん、男性、1924年11月14日 - 1963年12月15日)は、日本のプロレスラー。本名・戸籍名・日本名:百田 光浩(ももた みつひろ)、旧名・出生名・朝鮮名:金 信洛(キム・シルラク,김신락)。大相撲の力士出身。第二次世界大戦終了後に日本のプロレス界の礎を築き、日本プロレス界の父と呼ばれている。当時始まったテレビ放送の力もあり絶大な人気を誇ったが、裏社会との繋がりも根深く、粗暴で残忍な性格は多くの人の恨みを買った。最期は暴力団構成員に喧嘩をしかけ腹部を刺されて死亡する。


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